グァタパラ新聞2023年7月
- 2023年8月1日
- 読了時間: 14分
更新日:2023年11月3日
災害級の暑さが続く日本。体温より高い気温になる日中は、外に出るだけでモワッとした熱風に襲われて
汗が吹き出てきます。こんな暑さがあと1ヶ月も続くかと思うと気が遠くなりますが、気候のことは人知の及ばない世界なのでなんとかしのいでいくしかないですね。我が家では連日スイカを食べて過ごしています。笑

柳沼農場庭のマナカ・ダ・セラ

柳沼氏(右)と林氏(左)
文協第四回定例役員会 2023.6.3
協議事項
一、祭典委員会を二週間以内に開催予定。
一、7月8日(土曜日)にフェツチバール・ジャパンへ行く予定。
一、車両の件で全員協議会開催予定。
作品コンクール
実施期間:5月20日(土)~6月4日(日)
絵 :5月20日(土)
作文、イラスト、毛筆:5月28日(日)
硬筆、まんが :6月3日(土)
表彰式は10月15日(日)ブラジル日本語センターで開催される「日本語まつり」」で行われる。
*上野先生に5月の毎週日曜に習字の練習をしていただきました。
*コンクールの期間中にいろいろな行事があり、一日にいくつもの部門のコンクールを行った生徒もいた。
第3回自由市場開催
開催日の6月18日は、ブラジル日本移民115周年記念日にあたり、その上今年一番の寒い朝で日の出時は8℃であった。
第3回目の自由市場の出店は13店であり、20名が参加された。来客を迎えるテーブル、イスの借り代金を20名の各人が35レアイスずつ支払う。寒い日なので客足が少しすくなめであり、昼食頃でも準備された席の半分以下の使用であった。近郊地域でフェスタ・デ・ジュニーナを催されているとも言われた。
今回も、各店の品々を重複しながら記す。
シダ系観葉植物、ラン、植木鉢、それを吊るす物、手提げ、チョッキ、サイフ、信玄袋、マリア・シッキニャ(髪の毛を結ぶ物)、ススピーロ、パリャ・イタリアーナ、味噌、おはぎ、漬物、味噌漬け、鶏卵、弁当(巻き寿司、いなり寿司等)、タクワン漬け、キムチ漬け、ピックレス、シュクリーム、弁当(おにぎり等)、ネギ、バージン、ニンニク、黒ニンニク、里いも、さつまいも、アバカテ、イチゴ大福、草もち、いなり寿司、梅ぼし、花うめ、サフラン、たけのこ漬け、ゴマ油、ショ油、ワッフル、ジュタン、頭に被るトッコ、携帯電話入れ、輪切れの巻き寿司、つまみ饅頭、鯛焼き、カリントウ、ポップコン、ミニバナナ帽子、ジュタン、カレーライス、味噌、きのこの煮しめ、ショウガのガリ、生きのこ、輪切りの巻き寿司、酢レンコン、蒸し饅頭、漬物、みりん干し、甘なっとう、マンジョッカ・シュッピス、レンコン・シュッピス、灰色しめじ、ガム、刺身、手巻き寿司、焼きソバ、ホットロール、ギョウザ、饅頭、マッサン・ドッセ、ボンボンモランゴ、鯛焼き、おにぎらず(肉、野菜入り)、カップケーキ、弁当、うどん、ラッカセイ甘、塩味、手芸品、ギョウザ、カリントウ、オカキ、大福、焼き饅頭、焼きソバ、チョッキ、襟巻き、ショール風肩がけ、テンプラ、肉まん、ギョウザ、蒸し饅頭、豚汁、パステオ、フクジン漬け、飲料水、焼きトリ、カキ氷、ソルチーニョ・デ・リモン、モランゴ・パリット、シュッピス・デ・バタタ、ポンカゼイロ、たこ焼き、綿アメ、ババルー(ガム)、プルルッカ、120品目以上の販売物であった。
加熱を必要とする食品の店では、小型ガスレンジが4ヶ所持ち込まれ、ATM決済機は2ヶ所あった。
告別式、埋葬
コロナ禍の影響が緩和になり、密集場もマスクなしで集まりが出来る様になったこの頃、グァタパラ移住地特有の葬儀が再開される。村民一堂に会し、村の長、県人会支部長、友人といった方々の弔辞を戴き、この時ばかりは普段交流の少ない人々も顔を合せる。ある人は当家には不謹慎だが、現在最も交流の出来る場所とも言われるし、ある人は友人知人の人々に野辺送りして戴きたく、コロナ禍の葬儀はあまりにも寂しいと言われる人もあった。
特に仏式とキリスト教の相俟あいまった移住地独特の幾つかの供え物、焼香、これをカトリック神父(祭司)が司る。外部から参列された日系人には、どの様な手順でするのかと戸惑う。仏式とカトリックの相俟ったこの葬儀を、麗澤大学名誉教授丸山康則氏に伺ったことがある。その地域に育まれた文化であり、大切に受け継がれる事を勧められた。
以前あった供え物には枕飯、枕団子がこの頃の供え物の中から姿を消す。映画「おくり人」の最初の場面に出て来る画像が山形県地方の葬儀で、その供え物の中に枕飯、枕団子が含まれていた。この枕団子を供えるのは地域や宗派によって異なり、その数も6ヶ、13ヶ、49ヶとなり普段は6ヶという。「故人が極楽浄土への旅の途中で腹が空いた時にいつでも食べられるように」、また「空腹で困っている人に団子を分け与え徳を積み、極楽浄土へ行けるように」との意味を込めて供えている。移住地で一度だけ見たことのある、枕団子で使用した皿、器は、故人が日常的に使用していたもので、その皿、器を割ることで故人への決別を悟らせ、故人の魂が現世への未練を断ち切り成仏できるという意味がある。
葬儀後の忌中払いがあり「死・けがれ」を祓はらうとして行われて来た。また、不幸を家へ持ち帰らぬ意味も含まれる(一部グーグル引用)。
そして、その葬儀委員長は、その年の該当区の総務委員が務める。現在のところ、日語でその任を務めている。
終りに、墓地前側の駐車場横の歩道が、近頃左右舗装され大変歩き易くなっている。町からの参列者中にはハンヒール使用の人もあり、移住地婦人の多くはスニカー、パンプス使用の人が殆どで、ハンヒール使用の人に喜ばれる話があった。
鳥インフルエンザ(H5N1)
去る5月22日、高病原性鳥インフルエンザ(H5N1)型の感染を確認したとして、ブラジル全土に180日間の緊急事態宣言がされた。
リオ州ゴベルナドール島(人口211,018人・2022年現在)グァナバラ湾内で3例目となる鳥インフルエンザに感染した島アジサシ(andorinha do mar)、他の地域はサン・ジョン・ダ・パラ(人口32,7474人・2022年現在でリオ州の北部に位置する海岸沿い、もう一ヶ所はラゴス地方(大きな湖・lagoa de araruana)のカーボ・フリオ(人口230,378人2022年現在)であり、またエスピリト・サント州ヴィトリア市(人口343,643人・2022年現在)内カンブリ地区、エスピリト・サント州のマラタイゼス郡(人口36,494人・2022年現在)この郡はリオ州と州境に面する郡で、いずれも海岸線でこちらも野鳥の島アジサシ、それを鑑み、カリアシカ海洋動物調査・リハビリテーション研究所で、1月から保護されていた渡り鳥ブラウンカツオドリ(atabá pardo)1羽も感染が確認された。ヴィトリア市では公園職員が鳥インフルエンザに感染が確認され、その状態は軽い風邪の症状を呈しておる。野鳥の方はこれで8件の感染地域が確認された。さらにH5N1の感染が続き、6月1日時点で19例に増加したが全部野生の鳥である。5月末までの13例は渡り鳥でアジサシや島アジサシが大半である。
ミナス州パラ・デ・ミナス州(州都のベロ・オリゾンテまで86km・人口93,101人・2018年現在)でアヒルに感染したのは低病原性(H9N2)で見つかったアヒルはカナリナ・モスカッタ種で、飼育されたものではなく低病原性ではあるが、渡り鳥以外の鳥に感染例が確認されたことで懸念を示している。
5月22日のグーグルサイトによると、チリの北部海岸中心に哺乳類も含む海洋動物9千匹が鳥インフルエンザで死亡。オットセイ、ラッコ、また鳥類のフンボルトペンギン等であった。ペルーでは昨年11月以降6万3千羽の鳥が死亡し、今までに7ヶ所の保護区域で716頭のアシカが死ぬ。
そして、高病原性鳥インフルエンザ(H5N1)はパンデミックを伴う人畜共通感染症であり、養鶏場で発生した場合、10日以内に75%の確率で確実に死んでしまう。
2013年以降、人への感染患者の発生が報告されている国は、アゼルバイジャン、カンボジア、中国、シブチ、エジプト、インドネシア、イラク、タイ、トルコ、ベトナム、ナイジェリア、ラオス、ミャンマー、パキスタン、バングラデシュー、ネパールの計16ヶ国とカナダで輸入症例が報告されている。
アジサシは世界に約40種、その中にはキョクアジサシ(極鯵刺・andorinha do mar polar)鳥網チドリ目カモメ科の海鳥で全長35cmの中形種。北極を取り巻く高緯度地方で繁殖し、ヨーロッパ及びアフリカの西海岸、北及び南アメリカの西海岸に沿って南下し、南極海域まで渡って越冬し、翌春再び北上する。最も長距離の渡りをする巨大スケールの渡り鳥(旅鳥)の一つであり、その飛翔距離は7万km以上におよぶ。
6月27日付けで、鳥インフルエンザ(H5N1)が鶏へ初めて発生がエスピリト・サント州セーラ郡(海岸沿いで人口はエスピリト・サント州で最も多く520,649人・2022年現在)で確認された。その養鶏場ではアヒル、ガチョウ、鶏等を飼育しておる。
この日までに53件の感染で、殆どが野鳥の感染であり、その州はエスピリト・サント、バイア、パラナ、リオ・デ・ジャネイロ、リオ・グランデ・ド・スール、サンタ・カタリーナ、サン・パウロの各州である。 (ブラジル日報、グーグル参照)
カラオケ愛好会より
毎月第2週金曜日と第4週金曜日に午後2時からカラオケの練習を再開しており、参加希望者を歓迎します。志向者が減っておりますので、是非とも参加して下さい。現在会長が不在ですが、近日中に決める予定です。
フェイジョンのないフェイジョアーダ
脇山 すみ代
コロナ禍がじょじょに終り、野球部の皆様からの招待で母の日にフェイジョアーダ、ビンゴ等のすばらしくうれしいお祝いをしていただきました。
コロナ禍の中で友達にも会うことがままならなかったこの3年間、野球部の皆様のお陰で友達とも会う事ができ、フェイジョアーダをごちそうになり、ビンゴで盛り上がり、楽しくうれしい母の日を送る事が出来ました。本当に感謝です。
フェイジョアーダですが遅れて来た人達の話として、肉、ベーコン等具材はたくさん、お皿に盛っていただいたのですが「あれっ」フェイジョンが入っていない、とのたくさんの声がありました。
フェイジョアーダでフェイジョンが不足して、スープみたいになったのか、せっかくの母の日のフェイジョアーダ、もしも、もしもですがフェイジョンが不足したのであれば寄附をつのっていただければ寄附致しますので遠慮なく伝えて下さい。
お母さん方の出席が思いのほか大勢で野球部の皆様もたいへんだったと思います。
フェイジョンの入ったフェイジョアーダを、お願いします。
会館敷地内の清掃
祭日が近づき、数年振りに会員が一堂に会し、エンシャーダ、レイキ、ノコギリ等を手に道具を持って使役。随分長い間この様な事は途絶えてたと思う。
毎年運動会場の小屋がけはしているものの、殆ど各自の入る場所作りである。
交流を深める、各々で使役に繰り出て会話を楽しむ一時も味のある事で、大いに話が盛上っていた。
敷地内の多くの場所はコンクリートでかためてあるので、殆ど除草する所も僅か、日語教室の裏側に草があったが、普段除草剤を散布してるので草丈も低かった。塀付近に植えられた花木の枝払いが行われ、涼しくさわやかになった観である。雑物をトラクターのシャベル口で幾度も運んでいたが、塵も積もれば山となるようにそこそこの量になった。
埋草・続・同窓の回想録
空手の門弟たち
移住地の子供たちに空手を指導していた梶野青年が帰国に伴い、引き続いて空手を指導して戴きたいと言われる。当時、私は自分の子供たちが小さいためなかなか家を空ける事が出来なかった。以前少年野球を受け持ち指導しましたが、自分には未だ家を空ける時間が出来ず、2年間でその役目を退きました。しかし、野球の方は他の人でも指導できましたが、空手の方は他に誰も出来ない為、週末だけと言ってそれを引き受け10年程指導しました。最初、数年後の昇段試験は恩師の相良九段師範にお願いを仰ぎ有段者を出しましたが、相良師範からパウリスタ空手スポーツ連盟に加入することを勧められ(当時相良氏が会長でした)、リベロン時代に指導した子弟の一人ボンボナッテ四段の協力を経て、パウリスタ空手スポーツ連盟に加入する。そのため進級試験の一級(茶帯)までは私の指導内で取ることが出来ましたが、技量向上のため有段者(初段)になるには少なくてもパウリスタ空手本部内で有段指導を3回受け、昇段試験を受け取得するものでした。
大会を目指して練習も試みましたが5名を選出できず、空手には組手と形(演武)の両方の大会があり、形だけでもと思うが外部との交流が殆どなく、形は演武とも言われるほど力と美を求められそれに力を込めましたが、私が思うほど部員がその気にならなかった。勝負ごとは何でもそうであるけれど、外の世界にどれ程に強者が居るか、相手を通して肌で感じることが必要であり、その緊張度と迫力などで勝負感を培うことが出来る。その後クラシックバレーを習っていた女子が空手に加わりました。部員中で組手を得意とした香川マリオ、長谷川真人、形(演武)の三原則である力の強弱、体の伸縮、技の緩急で、その内で力の強弱が思うように習得できなかったが、それでも演武の端麗をその技に披露したのが佐々木新、女子で吉岡エミ、スポンジが水を吸うように空手を最も早く習得した新田裕次郎、野球では手を煩わせた秀樹(現在・消防署准少尉)も少し成長して、空手の門弟になるとよく私の代りに師範代を務めてくれました。他に師範代を務めてくれたのが
佐々木新、長谷川真人、浜田ロベルト、シュウビオ(現有段者で空手指導者)等の部員たちでした。汗臭さ一杯の若者の笑顔が、やっと獲得した色帯への誇りを象徴していた。
また、異色は私の長女でクラシックバレー癖の抜けきらぬ蹴りを繰り出され翻弄させる真奈美ですが、大学を卒業し日本の東大で修士課程中に東大の空手部に入部し、こちらでの6年間のブランクのある中で挑戦しましたが、練習、対抗試合で何時もボコボコになった報告を受け、師と言うより父親として驚きその無謀な冒険心のある娘には恐れ入りました。
その後、道場維持資格も厳しくなり、今後の指導者は体育大学卒業者であるように通知を受ける。甘えん坊の上原和晃、元気ものの樋口謙吾、空手用語で言われる動作が覚え切れなかった金箱進等が同窓出身者では最後の係わり合いになりました。パウリスタ空手スポーツ連盟から15名以下の道場には連盟として受け入れられない(資格が無くなる)となり、自然閉鎖をしてしまう。この若者たちも現在ではりっぱな社会人で、時々帰郷したおりに現況を伝え、多くの部員は礼で始まり礼で終る空手の教訓を守ってほのぼのとした気持ちにさせてくれます。そして同窓者として、私ほど同窓と深く関った人間も移住地ではいないと矜持し、与えて頂いた機会を深く感謝しています。
訃報
A区在住の樋口秀夫(享年72歳)儀、1963年1月17日着伯第10陣、山形県東村山郡山辺町出身、去る6月1日午後6時頃に永眠されました。
翌、6月2日午後2時より葬儀は自宅において創価学会の友人葬として執り行います。
午後3時より移住地内モンブカ墓地においてお別れの儀を会葬者の皆さんと執り行なわれてから埋葬されました。 ご逝去に心より哀悼の意を表し、謹んでご冥福をお祈り致します。
訃報
BC区在住の小林利和(享年79歳)氏1963年6月13日着伯第14陣、長野県小県郡東部町出身。長らく病気加療中でしたが、6月9日午前7時40分過ぎにグァタパラ診療所で永眠されました。
葬儀は翌日10日午前9時に自宅において告別を執り行い、10時に出棺後モンブカ墓地に埋葬されました。当家謝辞で、父親は子供等に常々自分の責任内で自由に生きる教えだったと語られる。
ご逝去を悼み、謹んでご冥福をお祈り致します。
御礼
亡夫樋口秀夫(享年72歳)儀は、去る6月1日ウニメジ病院において永眠致しました。
翌日、移住地内モンブカ墓地の埋葬時には、村の皆様の参列ご会葬に厚く御礼申し上げます。
生前長い間懇意に賜りました村民の皆様より、お悔やみと過分なる香典ご供花を賜りましたことを哀切より感謝御礼申し上げます。
2023年6月
喪主 樋口 裕子
親族 一同
なお、勝手ながら香典返しの儀は略させていただき、寸志をグァタパラ文協に寄付させていただきました。
訃報
BC区現住の金箱恒夫氏実弟、金箱信夫(享年63歳)氏長野県北佐久郡浅科村出身第32陣。サンカーロス市在住でしたが、6月26日未明脳溢血で倒れ急遽サンカーロス市内ウニメジ病院へ搬送されましたが、手当ての甲斐なく午前4時過ぎに永眠されました。
埋葬は同日午後3時にモンブカ墓地で行います。
ご逝去に心より哀悼の意を表し、謹んでご冥福をお祈り致します。
御礼
亡夫小林利和(享年79歳)儀は、去る6月9日薬石の効なく、グァタパラ診療所において永眠致しました。
翌日、お別れの儀は家族、友人、親族で相営み、移住地内モンブカ墓地の埋葬時には、村の皆様の参列ご会葬に厚く御礼申し上げます。
生前長い間懇意に賜りました村民の皆様よりお悔やみと過分なるご香典、ご弔辞を賜りましたことを心より感謝致し厚く御礼申し上げます。
2023年6月
喪主 小林 敏子
親族 一同
尚、細やかな品をグァタパラ文協、カラオケ愛好会、長野県人会に贈呈させて頂きました。
俳句 グァタパラ俳句会
歳月の過ぎる早さや秋の雲 脇山千寿子
庭先に色とりどりの小鳥舞う 脇山クララ
小鳥追う猫の目野生と光り帯び 富岡 絹子
熟れし実を残し小鳥と分かち合う 近藤佐代子
静けさや小鳥の声に癒されて 林 みどり
ひらめきの一句となりぬ秋の雲 高木美代子
庭一杯小鳥を飼うて侘び住い 田中 独行
コロナよりデングに怯え秋の雲 菅原 治美
〔次回兼題〕凍星、すき焼、厚着、当季雑詠
【編集後記】
中央幹線道路沿いのトウモロコシが、6月半ばで収穫された。州道沿いのトウモロコシもこの頃収穫しており、昨年のロシアがウクライナ侵攻時は、穀物が高騰しその収穫も大変早く行われたが、今年は大変落ち着いてる現状である。穀物ばかりでなく、肥料、除草剤等など3倍強に跳ね上り、その上品不足で入手困難であったが、今農年は如何程であったか?
鳥インフルエンザが南米で猛威を振るい、南米ではブラジルだけが感染が確認されなかったが、5月に成ってから相次いで確認され、今度180日間の緊急事態宣言であるが、今のところ人への感染は一人で、他は野鳥が殆どであが、この27日にエスピリト・サント州の海岸沿いセーラ郡に感染確認され、今の所いずれもが海岸沿いである。
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