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グァタパラ新聞2023年6月

  • 2023年6月26日
  • 読了時間: 13分

更新日:2023年11月3日

今月のグァタパラ新聞には、近藤ご夫婦の金婚式の様子が紹介されています。近藤さんと言えば、私が2016年に訪伯した際、大変お世話になりました。ご自宅に宿泊させていただき、毎日佐代子さんの美味しい手料理をいただき、楽しいお話しをしてゲラゲラ笑い合った日々は、ブラジル滞在のかけがえのない思い出として深く残っています。最終日にサンパウロの空港までバスに同行してくださったその道中、佐代子さんからいろいろなお話を伺うことができました。ものすごく大胆にザックリと要約すると、「日本のバブルの時代も知らないし、若い頃苦労はしたけれど、ブラジルに移住して幸せだった」という内容でした。その充実した生活に裏付けされた幸せぶりは、みなさんの笑顔に表れているように思います。


近藤四郎・佐代子夫妻の金婚式にて佐代子夫人を囲んでご婦人たちの記念撮影


文協第三回定例役員会 2023.5.6

協議事項


一、井料堅治氏への香典は500.00レアイスとする。

一、新田真悟マテウス氏を準会員に承認する。

一、今年度の祭典委員会は祭典案通り承認される。

一、アントニオ・マッシャド・サンターナ州道255号線沿いの水槽タンクの塗装を実施する。

一、鈴木清彦氏にグレーダーを80.000.00レアイスで売却する。

一、どの会社の太陽光パネルを設置するかの最終決定は、技術調査を行ったメンバーとその予算に委ねられる。

一、ハエの問題解決するために、イベント会場を試験的にソンブリッテ(寒冷紗)の施工を実施する。

一、文協はゲートボール場のトイレに、水道設備の改修工事を実施し、水飲みの位置はゲートボール愛好会が立会う。

一、モンブカ湖畔公園の清掃は予算10.000.00レアイス内でロッサデイラを掛ける。

一、元植田氏宅下側4,600㎡を売却予定。


訃報

 サンパウロ市在住であった井料堅治氏(鹿児島県南さつま市喜入町生)が5月4日午後8時半クルスアズール病院で老衰のため死去享年92歳。東京農工大卒後、獣医師となり神奈川県庁に勤務したが、1955年11月ぶらじる丸で単身渡伯。渡伯当初は農業に従事しながら夜学に通ってポ語を習い、苦学しながらリオの大学で獣医師の再免許を取得して、動物病院を経営していた。またブラジル日本文化福祉協会の役員も務めた。


 10歳年下の小泉純一郎元首相とは従兄にあたり、井料氏の神奈川県横須賀市にある実家の庭で、キャッチボールをして遊んだり、中学生の弁論大会でスピーチする練習を手伝ったりした。(一部グーグル引用)


 グァタパラ移住地ともよく交流して戴き、小泉首相揮毫の記念碑除幕式には、小泉首相のメーセジを代読して戴いた。


 故人のご逝去を悼み、謹んでお知らせ致しご冥福をお祈りします。


第二回自由市場開催


 去る21日、第二回目の自由市場が催しされた。13出店で19名が参加された。来客を迎えるテーブル40脚とイス160脚が準備された。


 今回は、各店に陳列する品々を重複しながら記す。


 ラン、多肉植物、エプロン、民芸品、巻き寿司、ススピーロ、パリャ・イタリアン、味噌、漬物、ブリガデイロ、ポンカン、鶏卵、アテモヤ、ピタイヤ、リンゴ、シュクリーム、ネギ、バージェン、大根、赤カブ、ニンニク、黒ニンニク、ショ油、モチ、大福、イチゴ大福、栗おこわ、タケノコ、ウメボシ、花ウメ、民芸品、ジュータン、サイフ、鯛焼き、カリントウ、ギョウザ、ナットウ、巻き寿司、大福、回転焼き、ショウガ漬、花ウメ、ツマミ大豆、はやと瓜、レモン・ガレーゴ、レモン、カリントウ、ワッフル、ショウガ漬、巻き寿

司、シメジ、味噌汁、饅頭、レンコン、おにぎり、酢レンコン、レンコン・シュッピス、

マンジョッカ・シュッピス、サーモン寿司、巻き寿司、ホットロール、おにぎり、うどん、稲荷寿司、コロッケ、ロッカンボール、パン、蒸し饅頭、味噌漬、肉マン、テンプラ、ラッカセイ塩味、砂糖味、ギョウザ、焼きソバ、モチ、焼き饅頭、蒸し饅頭、オカキ、大福、酢レンコン、マイゼーナ・クッキー、コシニャ、ボリニャ・デ・ケイジョ、カキ氷、焼きトリ、ポテトチップ、ベーコン、ポン・デ・メール、ポン・カゼイロ、ブリガデイロ、タコ焼き、綿アメ、巻きずし風(野菜、カツ入り)、鯛焼き、エスペット・デ・モランゴ、約百品目の販売物であった。


 正午の昼食時間にはサーモン寿司に列が出来、今回の来客は近郊の日系人が多かった。イス160脚がほぼ満席になり、前回に勝るとも劣らずの来客数であった。


金婚式を迎える


 近藤四郎・佐代子夫妻は、今度結婚50周年の金婚式を迎えた。去る、4月30日に農地野外にその場を設け、子供達の協力で佐代子夫人の快気祝も兼ね友人、知人夫妻とその子供達も招かれる。マスク姿も無く平常日々に復する。外部からの祝参加者にバウルー(アグードス郡)柳沼夫妻と娘さん、インダイアツーバの矢野夫妻(全拓連扱いの元実習生)、西川(ポンペイアの西村氏の甥)氏等。矢野氏は渡伯後、全拓連農場で現地状況の研修時に移住地青年会と交流。その時の写真をワッツアップで送信され、当時の出来事を懐かしむ。また、東京農大卒業生であり、以前サンパウロ市の農大会館でも交流している方であった。柳沼氏に関しては別項で記載紹介。


 祝宴半ばで、柳沼氏の発案で近藤氏の母校の早稲田校歌を披露。柳沼氏、近藤氏、長男和彦夫人の千里さんの三人で斉唱。柳沼氏は拓大出身者であるが6大学校歌を全部歌えると言う。


 近藤氏は外部の方々との繋がりを、渡伯当初に国内研修を簡単に説明、その折最も長かった1年3ヶ月の研修先が柳沼農場であった。当時、移住地で盛んに栽培されていたアバカシー(パイナップル)の研修をと思ったが、殆ど鶏の扱いだった。


 柳沼氏から詩吟が披露され、これで今までに4回披露した。その内容は


太田道灌(愛敬四山(あいけいしざん))

弧鞍(こあん)雨をついて 茅茨(ぼうし)を叩く

少女為に遺(おく)る 花一枝(いっし)

少女は言わず 花語らず

英雄の心緒乱れて 糸の如し(グーグル引用)


 終始出席者のテーブル撮影をしていた女性が、次男安彦夫人ケラー大川さん。


 最後は佐代子夫人を囲んで、婦人達の記念撮影で了となった。


人物紹介

 柳沼 良憲。

 東京・小笠原諸島生れで、父親が営林省に勤め母親が学校の先生。それらの関係で福島県で成長する。拓殖大学3年生時の1955年に渡伯。アグードス郡に農地を求めて落ち着く。


 平飼いの産卵鶏を経営する傍ら、パイナップル、コーヒー、ゴム等も植え付け栽培した。

コーヒー樹とゴムは混植であったが、雨の多いサンパウロ州では樹液が4ヶ月しか出ず、完全に失敗で苗木屋を儲けさせた感じであった。コーヒーの方は最盛期には2,300俵の収穫があり儲けた時もあったが、霜害で止める。経営で使用人がバスと衝突後の訴訟で敗れ、農地の大半を処分して整理。この事から産卵鶏は止めた。これらの要因で10年以上もうつ病との闘病生活。


 農場内には雪割桜が60数本植樹され、8月頃に開花し見応えがある。

 現在90歳で姿勢もしっかりしており、歯も殆ど自身のもので、70歳に成ってからよく手入れをしたと言われる。


 また、毎日休むことなく働き続ける産卵鶏を止めたことに、いかにして産卵鶏を止めるかと年中考えどうしであった。それは80年代に大型オートメーション機械化養鶏を見て、手飼い養鶏の行く末を案じたと。


 今度17年振りに外部へ出掛けたと言われる。子息が平飼い鶏舎利用でインテグレションのフランゴ飼育をしている。


 最後に拓大と伺い、拓大空手部主将であった私(編集者)の師範、相良寿一氏九段を聞くと同級生と言われた。


 小長野 道則。

 去る5月7日、1991年10月19~20日の両日、パラ州トメアス移住地から14人の来訪者であった一人の小長野道則夫妻と娘さんが訪れた。


 氏はウニカンピの依頼で、森林農業(AgruFloresta)の基調講演後、リベロン市で開催しているアグリショーで高木陽二氏と出会い、30余年前に宿泊された近藤四郎氏宅を訪れた。


 小長野 道則 1958年生れ、1960年鹿児島県出身で、2歳の折両親とトメアス移住地に入植。父親を早くに亡くし長男の氏は、弟達に教育を受けさせたので、本人は高等教育を受けてない。


 トメアス郡の人口は約6万4千人(2020年現在)で4万人が選挙権所有。2万人の就学児童。日語学校は郡が2人の先生を雇っている。移住地は現在300家族の内CANTAの組合員は170人で、その90%が森林農業に従事する。その内の30%が非日系である。


 「自然と寄り添うこのやり方はアマゾンの神様から許された。」そして、「森を見なさい」、をモチーフとして「人」の字はつっぱり支え、多くの人々の教えを根心にしていると言われる。840haの農地を所有し、62人の使用人を数年前まで夫人が切り盛りして来たが、近年は長女夫妻がその任を引受けており、やっと夫妻で外歩きが出来るように成った。一家族の取得面積は280haである。営農形態は、1年中実を付けてるカカオがメイーンで、クプアス、アサイ等であり、近年は特にアサイが一番人気。これは品種によって2年半~

3年で収穫が始まるためでもある。


 単一作物では端境期の労力按分が難しく、カカオは雨期に花が咲き乾期に収穫となり、クプアスは乾期に花が咲き雨期に収穫となるが、生産までに最低でも10年は掛かる。また、胡椒の収穫には手間賃が多く掛かり、これらの関係で小生産栽培者に限る。そして寿命が6~8年位と言われる。元々胡椒は日陰に育つ植物で、他の樹に奇生して育っていく。それを日の当る所に出して栽培したため、胴枯病と根腐病のフザリュームという病原菌(菌類・カビ)の一属が発生するようになった。


 海抜145mで常温34~35℃であり、私(小長野)の所は海抜50mと低い所で生活をしているので、グァタパラ移住地の海抜510mに来たため、何となく空気が薄い分だけ息苦しく感じると言われた。また、農業生産者は河川沿いから農地割りをしてあるので、川からの用水で灌水するが、中には農業用水の水源を深井戸で必要な5万Lの水を汲み上げておる。ただボールングが80mを越すと泥炭層にあたり黒色の水に変わる。


 氏についてもう少し記すると、森林農業講演を20余年続け、2009年に外務省の招きで訪日し、その中には生誕地の鹿児島大学とトメアス農大の交換留学制度をまとめる。また、東京農大も含まれると言われる。これは森林農業の元祖にあたる坂口陞(さかぐちのぼる)氏が東京農大出身に関係する。


 小長野氏の三女がボチカリア化粧品社の研究員で、リベロン市に在住して居るので今回は娘を訪ねての訪問となった。6年後にトメアス入植百周年を迎えるので、是非グァタパラ移住地の皆さんもトメアスに来て下さいと話される。


長野中野立てこもり事件


 5月26日、朝のNHK大相撲を観ていると、その取り組み相撲が中断され、長野県中野市江部に発生された長野中野立てこもり事件が放映されたのを、移住地の多くの人々が観たと思う。


 その中野市は、妻・緑が高校3年間通学した所であり、同級生も現住している所である。1998年に訪日した際、中野市江部に営業してる回転寿司屋が美味で、回転寿司も初めての経験であった。妻の実家では多くの買い物をこの中野市でおこなっている。


 少し事件に触れると、25日午後4時26分ごろ長野中野市江部で、一人を台車で自宅敷地内に運び、もう一人を運ぼうとしている所を、通行人から「騒ぎが起きており、男が女性を刺した」と110番に通報があり、掛け付けたパトカーの窓に猟銃と思える物で発砲し、警部補と巡査部長が殉職し、現場付近に住む刺された66歳と70歳の女性2人の4人を殺害し、自宅市議会議長の家に12時間半立てこもる。警察関係者から説得され、家の外に出た所を確保され、その事件を知らされる。この男、市議会議長の息子青木政憲・31歳・農業者であると知らされた。その後捜査関係者の取調べで「被害者の女性に悪口を言われたと思ってナイフで刺し殺した」「射殺されると思って駆け付けた警察官も殺した」という趣旨の供述をしている。


 妻・緑も朝から実家、同級生へ電話・メール送信し、この事件現場付近の同級生から内容を聞いていた。


 若い世代にうけるニュータウンが広がる平らな地域で、妻の実家地域からも若い家族が幾軒も、この地域に移転して来て居る。


 この痛々しい事件に、この様なかたちで実家から僅か15km離れ、高校時代を過した中野市が世界に知らされ悲しいと嘆く妻であった。亡くなった方々にお悔やみを申し上げます。


婚姻報告

 2023年5月20日リベイロン・プレット市内に於いて挙式・披露宴が催されました。


新婦・・・荒川レイカ 日系三世 建築技師

     荒川美知太郎・真寿美夫妻の長女

     祖父母・荒川勝彦・照、及び白水美朝さんが当移住地現住

新郎・・・山下ジュリオ 日系三世 土木技師


一、新郎・新婦は共にモウラ・ラセルダ大学に在学中のとき知り合いとなり長年の交際を続けていた。

二、両者はリベイロン・プレット日本人の山下和太鼓グループ員として活躍中。

三、ジュリオの母方祖父山下雪男氏(故人)はモジアナ地方農業界で活躍した人物であり、かつ12名の子宝に恵まれた日本人として知られていた。ジュリオの母スエリ・スエコは雪男氏の五女。


クロオマキザル

 霊長類で学名:Sapajus Nigrus、ポ語ではMacaco prego pretoが今年の2月頃から物置小屋の屋根に1匹現れた。最初ポケットモンキーと思ったがグーグルで検索すると、ブラジルの南部に生息するこのクロオマキザルであり、成獣は2,6~4,8Kgに達し、雄で体長42~56cmに成長する。8~35匹のコロニーを形成、1~2匹の雄が居り、妊娠149~158日で産まれ、19~35ヶ月の間を持って次の発情し妊娠する。4年で成獣になり、ココの実を石などを用い割って中身を食べる。昆虫の幼虫なども食べ、果物、木葉等も食べトウモロコシなどの農作物の被害もあると言われる。


 このクロオマキザルが、数日前から3匹に増え、庭のイッペイ樹からアランブラドをつたわって、家の前の50年物のアバカテの樹に行き来して居る。使用人が住んでいた頃には一度も現れたことも無く、ここ3ヶ月位に3匹に増えた。昼行性なので写真を撮ろうとするが、今のところ警戒し30m以上先のところでこちらの様子を見ている。


 現在のところ、野菜の被害はないが、グーグルでは森林にその被害を及ぼし、その対策が記載されている。


干し柿

 毎年甘柿の旬が過ぎると、次兄は渋柿で干し柿作りを始め、手間暇かけ冷蔵庫で粉をふかせているのを幾度となく、その年に出来上がった干し柿の味を堪能させて頂く。


 今年も最初の干し柿を頂き、大きな品と従来の品を頂いた。大きな物は渋味が強く、干し上げに従来の物が1週間かかるのに対し2週間以上毎日干し、さらにそれを手もみ、夕方には冷蔵庫に取り入れを繰返すが、出来上がると甘味も強く、その上モチモチ感がある干し柿になる。


 この大型の渋柿の穂木は、市田柿でないかと言う。


 長野県上伊那郡出身だった故・入田孝雄氏が、日本から持って来た渋柿である。


 市田柿とは、現在の長野県下伊那郡高森町下市田の市田地域で栽培されていたことから、この名前のついた在来の渋柿の名称。これを干し柿にしたものも「市田柿」と呼んでいる。


 干し柿生産全国一番の長野県下でも名を馳せる市田柿の生産地である。(グーグル引用)


 父が茨城で収穫した薩摩芋を、この高森町に住む父方の叔母一家に送ると、そのお返しに干し柿が届いたことを思い出す。


 次兄が干し柿作りに専念して、残ってる柿を取り遅れてしまうと、その熟した柿をツカノ(オオハシ))が啄んで、野鳥の餌に成っていると。そして今、茨城で特産の干しイモ作りに挑戦中、よく出来そうなら保存も出来るので、量産して自由市場へと勧める。


俳句 グァタパラ俳句会

掘りたてのしょうがみょうがで新豆腐 近藤 佐代子


野の湯宿やみにつつまれ虫時雨    高木 美代子


穂草舞い子孫繁栄絶え間なく     林  みどり


移住地の宅地は広し虫時雨      田中  独行


雨月なりデングの猛威底知れず    菅原  治美


つむじ風草の穂絮の旅立つ日     脇山 千寿子


草の穂の先に雨風ふき荒て      脇山 クララ


草の穂の広がる空地広く見ゆ     富岡  絹子


〔次回兼題〕脂肪草、ウルブ(禿タカ)、朝寒む。当季雑詠。


【編集後記】


 魚・パク(カラシン科・平たく殆ど円に近い楕円形をしている)の切り身と野菜をフードプロセーサーで細かくし練物しにした品、薩摩揚げを妻が作った。辛子ショウ油に付けて食べると乙な味。練物食品が高騰し、買い物額を気にするとあまり買えないと嘆く。そこで白身魚を品定めすると、パクは高価でボラが季節魚なのか大変安価であった。自由市場にボリニャ・デ・バカリャオを売り出しても、食材が高価でその料金に見合う代金は付けれない。しかし、材料を工夫し練物を作るだけの価値はあると思う。


 モンブカ湖の水落ち口付近が、市役所の手で以前の面影を残さぬほどに様変わりをした。移住地入植時、夜グァタパラ駅から仮宿舎に到着寸前に、ここの落ちる水音に滝があると思った。この落ち口でカラ(アカラ・ジアデマ・シクリード科で一般にはカラと呼んでいる)をよく釣った。当時はまだ周辺も開墾されておらず、水も綺麗で水量も多かった。ある時、男全員、大人も交えてスポンポンで水浴びをした記憶があるが、何故この様に全員で水を浴びたかは解らない。ただ、この頃は殆ど移住者で現地の人々はオウランド一家とアントニオ・テイシェイラ一家、コチア倉庫日系職員だけであった。


 ヅモン耕地へ笠戸丸第一回移民が就労し、労働後ヅモン川で全裸の多くの男女が行水し風紀を乱した事が話題になり、支配人が慌ててこれを止めた事が後々まで語り継がれておる。

 
 
 

コメント


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ズモン耕地 03
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廃コーヒー倉庫 07
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延べ10キロの水路
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グァタパラ耕地内のコーヒー園に並ぶ日本移民(1920年頃)
アルベルチーナ駅
1889年ころのグァタパラ耕地
グァタパラ耕地コーヒーの樹海
生産物馬齢薯をラバの背につけて市場迄
ヅモン路線列車
リベイロン・プレットモジアナ駅前・
モンテイロ駅
grupo escolar 1996
puericultura, lactario, farmacia 1992
拓魂
別れのテープ
サンパウロ市ルース駅
ドラムカン風呂で入浴

Brasil サンパウロ州グァタパラは第一回笠戸丸移民が配耕されたことから日本移民発祥の地と言われています。グァタパラ耕地を中心にブラジル日系移民にまつわる話を紹介しています。

 

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