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グァタパラ新聞2023年10月

  • 2023年11月1日
  • 読了時間: 14分

更新日:2023年12月27日

長く暑い夏が終わり、秋の深まりを感じる季節が到来した10月20日、ブラジルに渡ったドキュメンタリー監督・岡村淳監督の上映会に参加してきました。2021年に亡くなられた画家・富山妙子さんの4つの作品を鑑賞したのですが、コロナ禍で日本に来れなかった3年半の空白をたちまちのうちに埋めてしまう岡村監督の力量にはしびれました。打ち上げの帰りには、岡村監督と小山徳さんの思い出話をして、故人をしのびました。林良雄さんからグァタパラ新聞10月号が届きましたのでブログを更新します。今回の写真は一昨年の霜害で、やっと回復したジャカランダです。ノウゼンカズラ科の高木で世界三大花木、鳳凰木、火炎木そして紫雲木(しうんぼく)ジャカランダはこの「紫雲木」という和名の木だそうです。

ジャカランダ


文協第五回定例役員会 2023.8.5

協議事項


一、清水セレナさんと娘マリアさんのウニメジ加入が承認される。

一、モンブカ湖畔公園の清掃を行う。

一、誠グループがロンドリーナ祭り(パラナ州ロンドリーナ市)に参加、発表するので交通費の半分を文協が助成する。



文協第六回定例役員会 2023.9.9

協議事項


一、植田修光氏のウニメジ加入が承認される。

一、直原通夫氏と娘さんのウニメジ加入が承認される。

一、水道委員の現場出役に対し1回50,00レアイスを支払う。また月の450,00レアイスの手当は継続することを承認される。

一、役員会は約160Ha(ラゴア・デ・ボーイ)の貸地面積の有効性を再調査予定。


堤外地の経過

一、今年6月に環境局の技官が訪れ、堤外地内に存在する牛群の環境保全地(APP)内について質疑があり、これを悉に説明したが、それでも一抹の不安が残り一週間後に役員で森林警察を訪問すると、担当少尉が応対してくれた。そこで今迄の経過を説明と、2014年からの貸地契約書に目を通してから、環境保全地、堤外地の管理の項が記されているので、地主文協の問題ではなく、借受人の問題であり、この対処には環境局を退職後弁護士に成った人を紹介してくれた。

 その弁護士に今迄の経過を説明し、借地人への対応を考えて戴く。そして今度、環境局からデドネ氏とジルセウ氏(共同者)に対し、デドネ氏に堤外地の一部20haに330,000,00レアイスの罰金、保全地131haに対して 657,950,00レアイスの罰金が科せられた。ジルセウ氏も同額の罰金が科せられている。

 ジルセウ氏に対し十10月26日に事情説明、デドネ氏は11月8日に事情説明が決っている。

森林警察の少尉が実情を理解し、この問題に対処出来る弁護士を充てる事で、文協にふりかかる多大な罰金を未然に防げた。


二、ラゴア・デ・ボーイの方は、今年は遅くまで降雨あり、期限を8月10日まで延期し、牛の方は早目に移動をしたが、柵、馬、機械等が置いて有ったがこれも全部撤去された。


三、モンブカ湖畔公園の清掃は、枯れた倒木が多くあり、その上環境局の許可の下で植樹した場所でもあるので、清掃許可の申請を提出してからとなる。


市街地ロッテの売却について

・元植田修光氏農地の下側のロッテ4.600㎡

・売却金額は50.000,00レアイス、分割払いも受付、最高で12回払いで利息は10%。

・期限は9月30日まで

第五回自由市場開催

 9月3日、前日の2日からOB野球大会が当地のグランドで2日間開催されており、初日は有志の方が売店を設け、3日の開催日には宣伝効果もあり、多くの来客があった。殆どの出店者が完売するほど盛況であった。

 第五回目の自由市場の出店は11店であり、14名が参加される。来客を迎えるテーブルは百脚の半分300,00を野球部が負担してくれた。


 今回も、各店の品々を重複しながら記す。フロール・デ・ルア、シダ、ラン、手カバン、エプロン、タペッテ、携帯入れ、信玄袋、パリャ・イタリアーナ、ススピロ、小物入れバック、手提げ、ビナグレイラ、ワッフル、焼き饅頭、カリントウ、紋形饅頭、鯛焼き、だんご、テンプラ、生シメジ、レモン(カイピーラ)、カリントウ、ショウガ(ガリ)、蜂蜜、ツマミ饅頭、蒸し饅頭、肉マン、のり巻きの輪切り、酢レンコン、甘なっとう、レンコン・シュッピス、マンジョッカ・シュッピス、かつおパック、抹茶、アメ玉、センベイ、コンブ、ワカメ、ふりかけ、味ノリ、沢庵(トンガラシ味)、ホットロール、手巻き、焼きソバ、寿司の詰合せ、パステール、トルタ・デ・モランゴ、マサン・ドーセ、稲荷、のり巻き輪切り、おにぎらず、オカキ、塩ラッカ、ギョウザ、焼き饅頭、蒸し饅頭、大福、モチ、梅ぼし、オカキ、花ウメ、焼きトリ、飲み物(飲料水、ビール、水)、かき氷、ポテトチップ、弁当、パン、菓子((乳製品)、カサチョコレート、バナール、綿あめ、弁当(おにぎり、フランゴ、ミニトマト、バージェン、ハルサメ、ニンジン)、焼きソバ、ギョウザ、蒸し饅頭。約90品目販売品であった。


 加熱を必要とする食品店では、ガスレンジが5ヶ所、ATM決済機が2ヶ所。重複する品が段々減って来ておる。


カンポリンポ祭

         グァタパラ日本語学校

 9月2日に私たち日本語学校の生徒、教師、父兄と誠グループの20名程でサンパウロの日本人学校の「カンポリンポ祭」に行って来ました。当日は8時半開始なので、3時にマイクロバスで出発しました。途中ポストに1回寄って朝食をすませ、8時頃にサ日校に着きました。お世話して下さる先生方が出迎えてくださり、図書室へ案内していただきました。


 今日の打ち合わせをして、体育館へ移動するとカンポリンポ祭のオープニングが始まりました。今年のテーマは「みんな主役、心を一つにみんなで大きな華を咲かせよう」です。今年のキャラクターは(Bracano))という鳥みたいなキャラクターでした。来賓の方の挨拶、校長先生の挨拶があり、カンポリンポ祭の幕開けです。

 最初は5年生の「浦島太郎が多すぎる」でした。亀を何人かの漁師が助けたのですが、助けてくれた人の人数が多すぎて、亀が竜宮城まで乗せていけません。乙姫様に相談すると、竜宮城からごちそうを運んでみんなに振る舞うように言われました。亀は何回もごちそうを運んできました。そして玉手箱も運んできたのですが、途中でふたが開いてしまったので、亀がおじいさんになってしまったというユニークなお話でした。日本語だけの発表だったので、よく理解できない生徒もいましたが、サンバの曲に合わせて踊ったり、「つばめダンス」があったり、見ていてもあきがこないエンタメ的な要素を取り入れた発表もあったので楽しかったです。

 4年生の「サンパウロ発未来へ」は日系殖民がコーヒー農場に入って苦労して、現在は各分野で活躍するまでを、ミュージカル風に笛の演奏も入れての発表でした。みんなで書いた絵も繋げて見せてくれてとてもよかったです。場面もステージと入口にそのころの写真をプロジェクターで映してくださったのでわかりやすかったです。


 最後は全校生徒で「ビリーブ」の手話を交えた合唱とサンバ風の「Festa de Campo Limpo」の合唱で大変感動しました。今年がカンポリンポで行われる最後の「カンポリンポ祭」でした。建物の老朽化で日本人学校が移転するそうです。来年は違う場所でお会いしましょうとお別れしました。

 その後、サンパウロ文協の移民史料館とリベルダーデに寄り9時半ごろ、帰着しました。とても有意義な一日でした。役員の皆様もお疲れ様でした。いろいろお世話になり、ありがとうございました。


人物紹介

 先般9月2日、カンポリンポ日本人学校のカンポリンポ祭にグァタパラ日語生徒担任として妻・緑が参加し、現地採用で社会科の教諭を知らされる。翌週の金曜日に佐伯ジルソン氏を介して武田真一・千代子夫妻とその家族の訪問をうけた。


 1990年当時、武田氏は横浜の移住センターでJICA青年ボランテアーの研修、奥さんとなる千代子さんもJICAの日本語教師本邦研修一年間コース(通称・Bコース)、佐伯ジルソン氏も本邦研修、奥さんとなられる美智代さんも本邦研修をされて、4人の方々はこの移住センターで一同に会す。


 武田真一氏は、東京都生まれで神奈川県相模原市(旧津久井郡)で成長し、1992年JICA海外開発青年第7回生として、カンピーナスの東山農場で働いて2年目に千代子さんと結婚される。2011年から4年間日系企業の運転手、その後9年近くカンポリンポ日本人学校で現在社会科の担任を勤める。しかし、元々中学または高校の数学の免許しか持っていないと言われる。インダイアツーバ市から10Km地点のエリアス・ファウスト(Elias Fausto・人口17,772人、郡境はモンテ・モール、カピバリ、インダイアツーバ)に在住し、週明けにサンパウロ市へ週末にエリアス・ファウストへ帰って居り、奥さんの千代子さんは日系三世で、インダイアツーバ市で日語教師を勤めている。


 母方の祖父は茨城県本三町出身で、1930年に渡伯、詳細は後述。

 武田氏は、2009年に始めた「土曜勉強会」、これは「西風会」の命名以前の仮称に参加され約10名の参加者で、初刊のNo.1(2015年)中には知人の方々で田中規子氏、古杉征己氏、2016年10月に亡くなられた宮尾進氏等の氏名が伺われる。月一回第三木曜日の集会で毎回テーマがあり、非売品で年2回出版。出版経費はサンヨーテック系の会長である中島宏氏の自前で行われておる。初版から2023年までの出版された17冊を持参して戴く。全部田中慎二氏の表紙絵、イラストも以前「農業と協同」に掲載された懐かしいのも含まれている。


 西風に武田真一氏執筆の、木村欣三郎物語を抜粋してみた。

 木村欣三郎氏は、20歳の折の1930年3月3日もんてびでお丸サントス着伯。出身地は茨城県水戸市本三町、兄タカジロウの呼び寄せで、兄嫁の瀧(水海道出身)と弟・正とで渡伯する事に成っていたが、兄嫁瀧と正は2ヶ月遅れのさんとす丸で六6月29日サントス着伯する。


 私(編集者)が茨城県人会で戦前の同県人渡伯名簿がないかと伺うと、母県の県庁のある水戸市は、終戦間際の昭和20年8月2日未明にアメリカ軍の大規模な空襲をうけ、マリアナ基地を飛び立った167機のB29爆撃機の内、160機が水戸上空から約1,145トンの爆弾を投下され死者三百人の犠牲者、県庁も全焼によりブラジル渡伯者等の記録も消滅する。これによって戦前渡伯者、特にサンパウロ市遠方の人々が把握出来なく、在伯茨城県人会創立60周年を記念して私(編集者)なりにA4版で42ページにわたる県人出身者名簿を編纂(香山六郎著・在伯日本移植民25周年記念鑑・参照)。


 この中に、木村欣三郎の兄タカジロウは木村辰二郎・妻タキ家族4人、渡伯1925年、そして1933年頃はサンタ・エリーザ植民地で菜園。木村欣三郎は妻きゅ子を妻帯、1930年3月サントス着伯。最初の配耕先はパウリスタ延長線マリリア駅付近と成っている。


 西風から抜粋すると、木村欣三郎・久子は移転を繰返し、1962年に南マット・グロッソ州松原植民地で1960年代後半、欣三郎氏の長男・克巳氏の長女・千代子さんが、植民地内テルセイラリンニャで誕生される。8年間南マット・グロッソで営農し、1970年にピエダデに農地を求めて移転する。


 少し蛇足だが、木村本家は水戸市で醤油屋「井伝」を営業し、両親を早く亡くした欣三郎氏は本家にあずけられて居り、1908年生まれの従兄の木村傳兵衛(本名・伝六)とは2歳ちがいで、従兄の木村傳兵衛氏は1967年1 月~1972年6月までの間第14代水戸市長を務めた。


 この木村水戸市長、1972年グァタパラの川上淳氏が振興対策で本邦帰りをした際、リベロン・プレット市と水戸市との姉妹提携新書を手渡した方が、この木村欣三郎氏の従兄木村傳兵衛氏である。この折、水戸市在住の徳川幹子さんを介して、グァタパラ出身の私の所までNHK群馬支局の人々が、蚕業学科を終え春蚕飼育実習中を収録し、川上淳氏が木村水戸市長に新書を手渡した映像と実習中の私を写真におさめてある。しかしこの件は、木村市長が狭心症で急死したため中断したままと、後年川上淳氏が言っていた。

 間接的な関係ではあるが、何か縁を感じる 出来事であった。


USPが中南米で一位

    ベスト10に伯国から4校・既報記事

 サンパウロ総合大学(USP)が大学ランキング「中南米カリブの部」で1位に選ばれたと9月13日付けG- サイトが報じている。これは同日、イギリスのグローバル企業クアクアレア・シモンズ(QS社)が発表した世界大学ランキングの報告書で明らかになった。


 中南米の上位三3大学はUSP,チリ・カトリック大学、カンピーナス総合大学(UNICAMP)だった。USPは昨年2位だったが、チリ・カトリック大学を逆転した。


 伯国の大学は他にもリオ連邦大学(UFRJ)が8位、パウリスタ州立大学(UNESP)が10位に入ったほか、上位50校のうちの13校を占めている。


 今回のレポートでQS社は伯国の大学に関して「教授の数」「国際的な協力を行った質の高い研究」「雇用者からの評判」「研究チームの規模の大きさ」などを評価した。USPに関しては、法定アマゾンでの森林伐採対策のための国土使用の研究や、雇用者からの評判を評価した。(ブラジル日報記事)


 そこで西風に執筆する、宮尾進(サンパウロ人文研所長)氏の日系人の大学入試に関する記載があるので記す。

 氏の記すところによれば、1978年の日系合格者数でその時のFUVEST(USPをはじめとする大学数校の統一入試)全体の合格者中で11,82%。そして日系のこのFUVESTの合格者は年々徐々に増加して行き、そのピークは1990~91年頃で、それは18%に達するまでになった。「大学に入りたければ日系合格者を一人殺せ」と言う不穏なジョークが流不されたのも、その頃であった。これを過ぎると日系合格者が年々低下してしまう。低下の原因を調査したわけではないが、丁度時あたかも日本への日系人のデカセギ・ブームだったので、その影響があるかなと思った。


埋草・同窓の回想録・記録編

第三回グァタパラ小学校卒業生(1967年度)

鈴木 恵美子 茨城県北茨城市、1964.8.20 第25陣、サン・カーロス市移転後死亡。

上原 美津子 長野県上水内信濃、1964.3.12 第21陣(現姓・吉岡)グァタパラ在、二女あり。

・植田 悦子  前述、第13陣(現姓・服部)オウリニョースへ婚姻・死亡。

・斉藤 富士子 前述、第14陣(現姓・金子) 日本在・東京都 二女あり 死亡。

・海老 沢和子 茨城県筑波矢田部、1964.6.7 第24陣(現姓・奥沢) 日本在・東京都二男あり。

・大津 紀恵  前述、第17陣、日本在。

・佐久間 真弓 茨城県北茨城市、1964.8.20 第25陣(現姓・吉田) 日本在。

・木村 みち子 山形県上山市原口、1964.3.12 第21陣(現姓・竹中) グァタパラ在 二男あり。

・藤原 光子  岡山県勝田郡勝央、1964.3.12 第21陣(現姓・鈴木) 日本在、一男二女あり。

・藤原 典子  右同(現姓・小泉)パラナ在。

・横木 律江  前述、第14陣

・清水 操子  前述、第14陣、サンパウロ文協職員。

・黒沢 範へ  前述、第1陣(現姓・斉藤)、日本語教師、二女あり。

・上田 嘉子  前述、第6陣(現姓・伊藤)二男あり。

・高橋 さえ子 茨城県東茨城郡内原、1964.5.20第23陣(現姓・上村)カウカイア市在。

・川崎 秋男  前述、第16陣

・落合 英二  前述、第14陣 カジュルー市在、会社員、一男二女あり、近年死亡。

・吉岡 二三夫 前述、第16陣 日本在・神奈川県、二男一女あり。

・多田 和義  前述、第10陣 (妻・正美)バストス市在、ブラ拓製糸社員、一男二女あり。

・真名子 和博 前述、第2陣、グァタパラ在、養鶏業、三男一女あり。

・管野 孝次  山形県長井市、1964.5.20 第23陣、日本在・静岡県、

        就労後サンパウロ州コリーナ在、一男一女あり、現・日本在。

・石井 敬治  前述、第16陣、日本在。

・高橋 敬三  茨城県東茨城郡内原、1964.5.20 第23陣、日本在・静岡県、

        現・リベロン・プレット市在。

・清水 慶治  前述、第14陣、死亡、一男あり。

・妹尾 誠   岡山県岡山市、1963.11.10 第18陣、グァタパラ在、日本就労、二男一女あり。

・雫田 勝秋  前述、第14陣、グァタパラ在住、液卵 二男一女あり。

・川上 雅之  岡山県小田郡矢掛1962.3.21 第二陣、サンパウロ市在 会社員 一男一女あり。

・富岡 通夫  岡山県苦田郡鏡野、1964.1.6 第19陣、

        モコカ市アスパーゼ在・吉田姓に婿入り後不明。

・阿部 幹雄  茨城県北茨城市、1964.8.20 第25陣、パラナプアンで米作従事後、

        日本在・茨城県、二男一女あり。

・斉藤 実   前述、第14陣、グァタパラ在養鶏業、三男二女あり、ただし一男死亡。

・五十嵐 正二 前述、第1陣 (妻・まり子)、アララクワラ在、二男あり。

・井出 正   前述、第4陣、日本在・静岡県・就労。

・妹尾 忠   岡山県岡山市、1963.11.10 第18陣、リベロン・プレット市在死亡。

・妹尾 孝司  右同、リベロン・プレット市在体調を崩し現役引退。

・小林 武久  前述、第14陣、リオ・デ・ジャネイロ市在、ツニブラ旅行社社員。

・木村 哲雄  山形県上山市原口、1964.3.12 第21陣、グァタパラ在農業、一男二女あり、

        ただし一男死亡。

・佐々木 佳希 前述、第6陣、グァタパラ在、日本就労・茨城県、三男あり。

・落合 秀史  前述、第14陣、グァタパラ在、養鶏業、二男二女あり。

・雫田 三十一 長野県佐久市、1963.6.13 第14陣、リベロン・プレット市在商業、

        一男二女あり。

・堀川 哲   岡山県児島郡灘崎、1963.11.10 第18陣、グァタパラ在農業。

・長谷川 俊二 佐賀県伊万里市、1963.11.10 第18陣、妻・八重子・(旧姓・白水)

        一男一女あり、カジュルー市在。

・大塚 猛   前述、第12陣、リベロン・プレット在、日本就労長野県、一男一女あり。

・相馬 敏彦  前述、第1陣、日本在、茨城県、土建業、一男三女あり。

・高木 次人  島根県八束郡玉湯、1964.4.1 第22陣、日本在・東芝社員 一男あり。

第十四回全伯俳句大会

8月20日に開催された俳句大会に約40人が参加した。その中で、当日の席題部門で5位に近藤佐代子さんが総合得点9点。秀作として脇山千寿子さんが選ばれる。

ただの風邪伝えて母と子の電話     近藤 佐代子


産土うぶつちの花にこがれてイペローザ 脇山 千寿子

          おめでとうございます。


【編集後記】


 9月号で、今年は大根が早く肥大したと記したら、西風内に武田真一氏の木村欣三郎物語に、大根の根が長い年は寒い。大根は温度に敏感。寒い地域では細長く、暖かいところでは太くなるのが一般的。九州と関東地方の大根の形を比べれば、一目瞭然。そして、寒い年には地下深く根を下し、暖かい年には太くなるから、その年の気候を大根の根で判断すればいい。

 今年の九月の気温は80年振りの高温と、グロボニュースで報道していた。そして25日と26日は40℃を記録した。

 
 
 

コメント


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ズモン耕地 03
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廃コーヒー倉庫 07
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延べ10キロの水路
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グァタパラ耕地内のコーヒー園に並ぶ日本移民(1920年頃)
アルベルチーナ駅
1889年ころのグァタパラ耕地
グァタパラ耕地コーヒーの樹海
生産物馬齢薯をラバの背につけて市場迄
ヅモン路線列車
リベイロン・プレットモジアナ駅前・
モンテイロ駅
grupo escolar 1996
puericultura, lactario, farmacia 1992
拓魂
別れのテープ
サンパウロ市ルース駅
ドラムカン風呂で入浴

Brasil サンパウロ州グァタパラは第一回笠戸丸移民が配耕されたことから日本移民発祥の地と言われています。グァタパラ耕地を中心にブラジル日系移民にまつわる話を紹介しています。

 

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