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フンシャー移住地と入植者氏名

入植開始年度 1959年(昭和34年)

経緯:蔬菜、果樹、養鶏等を中心とした近郊型の集約農業を行なう移住者を受け入れる移住地と 

   し、昭和34年旧移住振興会社が購入した事業団直営の移住地である。

   入植は昭和35年から始じまった。入植者はリオ・デ・ジャネイロ市を市場として蔬菜栽

   培及び養鶏に従事しているが、最近ゴヤバー、柑橘、マラクジャ(パイション・フル-ツ)

   等の永年作物が栽培されている。

此処に大場 勇氏の一家族7人 北海道の方入植、又ここのリオ・デ・ジャネイロには花嫁移住の方で:樺山 保子さん 東京都、長田 澄子さん 静岡県。

(*)グァタパラ移住地内で養蚕が盛んな頃、リオ・デ・ジャネイロ事業団支部を通じて、養蚕青年部が御地フンシャ-ル移住地を視察、その時、縁があって当グァタパラ移住地のお嫁さんに迎える事が出来ました。

 1959年7月17日、旧移住振興会社が入植地を購入した第4番目の土地であり、蔬菜、果樹、養鶏等を中心とした近郊型の集約農業を拠点として計画され移住者を受け入れる。主な出身県は当時炭鉱離職者(北海道美唄炭鉱、九州福岡三池炭鉱)で炭鉱は60年ごろから閉山を決め人員整理に着手する。フンシャールへの入植は1961~64年までに北海道と九州の炭鉱離職者を中心に48家族が入植し、現地入植などで55家族となる。普通の入植地としては異色で、農業出身者は10%で、他は炭鉱離職者や都市部の職業出身である。

 この移住地はリオ・デ・ジャネイロ市より北東約90キロ地点に位置し、隣接市としてカショエイラ・デ・マカク市まで11キロ。総面積1015haで1区画割11,3haで分譲可能面積840ha(77区画割)である。地形は平坦地と数10メートル山地が混在し複雑で、中央に排水路が貫通している。入植初期に排水が不良で大変問題が発生し、常時州政府の浚渫機を稼動して排水を良くきかした。地質は壌土ないし砂壌土、低地は粘土質あるいは場所によって砂壌土で石が多い。当時を知る関係者は「痩せ地で農業には不向き」と指摘。気候は多雨な環境で熱帯~亜熱帯果樹栽培に適している。冬でも比較的温暖な気候である。

 初期に養鶏飼養を多くの入植者がするが、移住地が低地にあり、リオの高温多湿地帯での養鶏は難しいといわれる。果樹主体型か養鶏主体型、そのどちらか一方の単一農業形態を取り入れ、果樹型はゴヤバ、柑橘、マラクジャー、アボカード、レモン、マンゴー等で試行錯誤を繰り返してきた。1960年初期にグァタパラ移住地から柑橘苗をトラック2台届けたこともある。種々の果樹を手掛け、主要産物をゴヤバとしてリオ・デ・ジャネイロ市に出荷販売している。ここのゴヤバは果肉に害虫がつかない珍しさで市場を席巻したという。鶏舎を廃物利用して花卉栽培で種類はアンツーリャと洋ランを手掛ける。

 1981年国際協力事業団がブラジル撤退する際に、留保分147haが残されていたのを、フンシャール文化体育協会が有償譲渡を受けた。移住地内に住居する若者も激減し、現在日系人家族は20戸以下である。

入植状況

主なる出身県 北海道 福岡 東京 山口 その他  合計

    戸数   13   15   1     3    6     38

総面積:1.015HA 分譲面積:840HA                 1974年9月末

所在地:リオ・デ・ジャネイロ州カショエイラ・デ・マカク郡

Colonia Funshar, Municipio de Cachoeiras de MaCacu Est. Rio de Jaqneiro.

フンシャー移住地
入植状況

フンシャールの大場一家

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